占師 一之瀬水希 official web site

一之瀬水希 プロフィール

 

鑑定人数50000人以上(2020年3月現在)

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10代〜20代前半は90年代のバンドブームに心酔し、都内でコツコツとバンド活動してたが、

まあまあ良い所まで行くも、悪い先輩から「舐められるんじゃねえぞ」という助言を鵜呑みにし、

かなり偉い人に生意気な態度にでたら、翌日には全てが白紙に。

見えない権力の恐ろしさを身をもって知ることになる。

その後、広告代理店の営業・ドラッグストアの店員・携帯電話の販売等々、

知人の誘いでいろいろな会社の立ち上げや仕事に従事。

2001年にメイド服や輸入玩具などのネット通販サイトを運営する会社を設立。

メイド服サイトのモデルを使った撮影会やイベント派遣などで会社も急成長させる。

「俺無敵!人生絶頂期を迎えた!」などと、またまた調子に乗ってた時に、

たまたま後輩と流れで街にいる占い師に見てもらった時に、その占い師から

「あなた、あの人(後ろに居た後輩)と仕事しちゃだめよ。女と金で裏切るから」

と言われた事をすっかり忘れ、数年後飲食店をその後輩と始めると、

一気にトラブルまみれになり、一歩間違えれば命の危機になるまで運が下がり、

店は閉店、会社もかなり縮小しなければいけない羽目に。

何もかもがなくなった時に、知人の紹介でOSHOタロットを使う占い師を紹介され、

藁をも掴む思いで打開策を見出そうと占いに通うも、3カ月くらいで

今の自分がどんな状態で、どんなカードを引くかを宣言してから占ってもらうという、

非常に嫌な相談者となった所為なのかは不明だが、

その先生から「もう占えないから自分で占って」と

言われタロットを貰って、自分で占うようになる。

知人の紹介やお店でコツコツと占いの勉強をスタートすると、

ある日イギリスのブランドDunhillから銀座本店のクリスマスイベントのオファーが。

イベントは大成功で、これは運が「占い師として生きていけ」と言っていると

舞い上がり、2009年占い一本で生きていこうと、また素敵な勘違いする。

基本飽きっぽい性格なので、同じ場所ではなく、

横浜中華街・渋谷・草加と毎日違う活動場所を作り、活動

色々な方のお力添えもあり、タロットだけではなく、

手相.易.陰陽干支などの今の鑑定スタイルになった占術を学ぶ。

 その後、アプリリリース、漫画の原作の監修やファッションイベントへの出演

占い学校講師、占い記事の執筆、雑誌の巻末占い・TV出演などを経験

そして日本だけでは無く、台湾や韓国などアジア圏でも占い師としてイベントに参加。

2018年からは、自分の歩んできた失敗や経験から、企業コンサル鑑定をスタート

今のところ、何とか調子に乗らず生きてます。

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